闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「眩暈、嘔吐……痺れ。……あと、痛い」
 体の節々の痛みが酷くなってきている。額から一筋、汗が流れた。
 「なるほどねぇ。ま、呼吸さえ出来てればすぐには死なないと思うけど。あんな奴の話に耳傾けたりなんてするから悪いんでしょ。無視して抗血清、探しに行っちゃえば良かったのに。ねぇそれって、自己犠牲の精神? そんな甘さ、付け込まれるだけだよ? 人なんて平気で人を踏みにじるんだから」
 こちらが話せないと知っていて、言いたい放題とはこのことである。
 だが本当に言いたいことがあるときにエナが黙っていると思ったら大間違いだ。
 「……それ、経験談?」
 まあね、と答えたジストにエナは薄く笑った。
 「自己犠牲なんて、可哀想な言い方……やめて。力いっぱい、自己満、なんだから」
 何一つ、誰かのせいにはしたくない。だからエナは自己満足の為だけに動く。自分の選んだことに絶対の意志を持たなければ人は容易く周囲の感情に流され潰される。
 我が、心の儘(ママ)に。我儘とは、自分で選んで決めること。そこに自己犠牲の概念などあってたまるかとエナは思う。
 「あんたを踏みにじったり、しないよ。あたし、しない」
 ――さっき、そう決めた。
 エナの言葉にジストは驚いたように目を見開いた。そしてそれは、皮肉げな笑みに取って代わる。
 「……エナちゃんは、綺麗だね」
 笑みと同様に皮肉の篭った口調だったが、そこに棘らしい棘は含まれていなかった。
 「笑っちゃうくらい、綺麗だ」
 相変わらず笑わない目の奥。それでも彼はエナの頭に手を置いた。
 「……大丈夫だよ、死なせやしない。エナちゃんは生きてる方が面白い」
 そう言ったジストは自身の首元に幾重にも巻かれていた革紐を外した。その革紐の先には、同じように紐でぐるぐると巻かれているもの。
 そこから微かに覗くのは闇より鮮やかで暗い紅の――水晶。
 それをエナの手に握らせたジストは優しく微笑んで額に一つキスを落とす。

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