闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 たった二呼吸の間に繰り出された攻撃に防戦一方の死神は目を白黒させた。
 「な、ぜだ」
 硬い声が掠れていた。
 「怪我を負いながら……剣一つで、これ程までに変わるというのか……!」
 宙返りで死神から離れたゼルは、肩をぐるりと回し鼻を擦った。肩ならしはこれくらいで充分だ。
 「天才肌じゃ、ねェからな」
 天才肌では無い。だからこそ武器に左右されるのは当然だし、それで良いとゼルは思うのだ。
 「……だが、己を騙すことにかけては天才的のようだ」
 死神が唇の端を吊り上げた。ゼルの眉がぴくりと動く。
 「……ンだと?」
 「お前が今、剣を手にするのは、復讐以外に他ならぬ。無論、エディは憎しみを持っていては揮えぬ。だからお前は自身の感情を騙している。そうだろう?」
 悠然と告げる死神にゼルは唇を噛み締めた。
 「何が言いてェ」
 死神は何を言わせたいのだ。
 恨んでいないと言わせたいのか。口が裂けても言えないことだと知っていながら。
 一時の感情に任せて復讐はしないと決めた。そういう意味で感情は確かに落ち着いている。だが摩り替えることは出来ても、家族を殺された怒りそのものが消えたわけではない。消える、筈が無い。
 「本当は憎くて憎くて仕方なかろう? お前にはその権利がある」
 「……ああ」
 憎み恨む権利はある。故意に家族や村人の命を奪われたのだ。その権利が無いわけがない。
 「そしてお前には力がある。復讐を果たせ得る力だ」
 「……かもな」
 少なくとも立ち向かえるだけの力はある。今剣を交えたことでそれは確かな真実となった。
 「けど、オレはエディの使い手なんだ。エディに喰われるわけにはいかねェ」
 もしこれが普通の剣であるならば、こうして冷静に立っては居られなかったかもしれない。「生きて」と言った少女の目に切実な願いを見なければ、刺し違えたとしても復讐を望んだかもしれない。
 だが少女の言葉は自身に大切な約束を思い出させた。

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