闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 その気遣いを少女は強い瞳で突っぱねた。
 「あたしの前で……もう誰も、死なせない……!」
 熱に潤んだ目で、小さな声で。それでも少女ははっきりと口にした。強い願いは言霊となり、その言霊はゼルの心に深く切り込む。エディとは正反対の願い。それもまた、ある意味において呪縛の一種。
 「ゼル。越えて。……越えて!」
 エディの力が弱まるのをゼルは確かに感じた。脳を支配していた全てを凍てつかせるような蒼い光の中、別の光が煌々と灯る――気がした。苛烈に燃える純粋な彼女の意志が絶対零度の蒼い光を呑み込んでいく。
 ――生きろ。死ぬな。生きろ。越えろ。生きろ。憎しみを越えろ!
 脳内に点滅する少女の意志。それは魔力のようにゼルの心に変化を齎せた。
 「邪魔をするな、小娘。甘美な寸劇を、篤(トク)と観よ」
 エナだけを狙って鎌が振り下ろされる。が、少女はその鎌から逃れようとはしなかった。逃げるだけの体力が無いのかもしれない。
 覚悟を決めたように強く目を瞑った少女の命を失うわけにはいかない、とゼルは思った。
 奪わせやしない、と。
 「エ、ナ……!」
 その刹那、脳裏で点滅を繰り返していた光が爆発した。
 「――!」
 開放される、憎しみに囚われた魂。
 ゼルはエナに体当たりすることで押し退けた。
 頭の上で鳴る金属の交差音に、ゼルは自身の腕が自由を取り戻したのだと知る。
 「やる、じゃん……」
 突き飛ばされ倒れこんだ身体をゆっくりと起こしながら顔を上げて口の端に小さな笑みを浮かべるエナに、ゼルは唇を引き結び、しっかりと頷いた。
 「ああ。見えたかンな」
 見えた。悲しみだけが纏わり付く中で、激情に任せようとした時には見えなかった“先”が見えた。
 大切なのは自身が死神をどうしたいのか。どうさせたいのか。見えたからその為の手段が増え、同時に凝った感情が行き着く先を見出だし、流れ出して正しく体の中を巡り始める。
 理路整然とした調和を取り戻した心で鎌を弾く。
 大きく深呼吸をして思いの外上がっていた息を落ち着かせ、生身の腕が訴えるだるさを宥め賺(スカ)した。
 「越えた……か」
 死神の低い声に、視線を移動させる。


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