闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 金属が一際大きな音を立てて交差した。
 否、交差したと思ったのは間違いだった。
 何の障害もなく振り切られた蒼い刃が残す軌跡を死神は呆然と目で追った。
 鎌の柄が二つに分かたれる。
 目に見える空気のうねりは治まり切らぬ剣圧。それが迫ってくるとわかっていても避ける余裕など無かった。
 呼吸を強制的に奪う痛みと共に体が浮いた。
 二メートル程飛ばされたままその場に倒れこむのと、鎌の刃が床に落ちたのはほぼ同時。
 ――負けた。
 焼けるような痛みの中、死神は静かにそう判断を下した。
 得物無くしてどのように立ち向かえというのか。そしてそれはそのまま敗北を意味し、死を連れ立ってやってくる。
 認めた瞬間にも、心は凪いだ水面のように絶望と希望を鮮明に映し出す。
 「神は真、残酷だ……」
呟き、死神は目を細めた。
 仰向けで見る空は青く広い。この世界はいつだって光で満ちている。
 その光を直視出来ぬ人種も居て、それらが光の存在にどれだけ苦しめられているのか、世界はまるで知ろうともしない。まるで業火に焼かれ続けるに等しい生き地獄。
 「だがようやく……私も救われる」
 死だけがその世界からの脱却の手段で、それだけが救い。
 自身には輝かしすぎた世界は今一層輝きを増して、皮肉にも黄泉路を辿る道標(ミチシルベ)となる。
 腹部に走る痛みを手で押さえながら死神は体を起こした。てっきり切れたものと思っていた首飾りが音を立てる。
 襲った衝撃波は血の一滴も流さないままに腹部にくっきりと痕を残していた。
 抉られたのは希望であり絶望。それは凪いだ精神に残るものと同じであり、また全く正反対でもあるもの。
 長い黒髪が視界を邪魔するがそれを払いのけることさえ億劫で、死神は髪の隙間から仁王立ちのまま微動だにしない剣士を見遣る。
 何を考えているのか、全く読めぬ淡い蒼とも灰ともつかぬ色の瞳。
 澱みの無いそれを死神が直視し、読み解くなど出来るはずもなかった。
 彼と自身では生きる舞台が違う。似合う世界がまるで違う。
 理解しようとすることすら無意味な、圧倒的な差異。
 相容れぬ者同士が戦い、敗れた者はこの世を去るだけ。それが唯一にして絶対の掟。
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