闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「さあ、宴は終わりだ。私を殺せ、エディの剣士」
 か弱き者に生きる資格など無い。自身で死ぬ資格さえ無い。
 全ての権利は強者に委ねられる。
 かつて自身がそうしてきたように。
 「……」
 沈黙を守ったまま、剣士が一歩、また一歩と近づく。
 それは、この世でたった一つ意味を持つカウントダウン。
 その後ろでは、少女といつの間にか戻ってきていた紅の男が剣士を見守っていた。
 「なァ、アンタ……」
 剣を振り下ろせば首をおとせる距離まできた剣士が上から降らせた声は不思議な静けさを持っていた。
 勝利に歓喜するわけでもなく、怒りに打ち震えるわけでもない。さりとて、虚無に溺れているわけでもない。
 純粋に透き通った哀しみのみがそこには溢れ、それ故に目が眩むほどの光を放つ。
 ――これが、憎悪を超えた者の姿か。
 エディを帯剣することを許された人間が持つ資質だというのか。
 人を憎まずに生きていける一握りの人間とは、こういう者なのか。
 「アンタの本当の目的は、コレだな……?」
 断罪者が口にした言葉に死神は半眼を伏せた。
 肯定や否定に今更何の意味があろうか。
 「死に往く者への問いにしては余りに愚かだ」
 「……やっぱり、そうか」
 剣士の声に宿る哀しみは憐れみのようにも取れ、それは死神の心を微かに引っ掻いた。
 ふと、剣士の影が動く。
その影の動きを追っていた死神は驚愕に目を見開いて顔をあげた。
 剣士はその手にしていたエディを鞘へと収めたのだ。
 「何のつもりだ」
 「オレはアンタを殺してェ」
 間髪入れずに返る言葉は、憎しみこそ無かったが本心であることを疑うべくも無いものだった。
 「ならば……」
 疾(ト)く、殺せ。その言葉は剣士の声によって遮られる。
 「けど、オレには殺せねェ。殺せねェ理由がある」
 殺す理由が剣士には確かにあるというのに殺せぬとは、なんたる戯言。
 憎しみを越えた剣士に殺せない理由など存在しない。
 「御託は要らぬ。私を殺めたところで其の手に罪は無い」
 剣士が低俗な正義を振りかざす前にと言を継ぐ。
 「敗者を葬ることは勝者の義務なのだからな」
 一刻も早く、この身を滅ぼしてくれと心が逸る。だが剣士にはその願いに応えない。


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