闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「私は……恨まれて、殺されなければならないというのに」
 罪を犯しておきながら、安穏とした生活を享受するなど許されない。
 恨まれ憎まれ責められてこの世を去るべき人種なのだ。
 ――そうでなければ、私は私を許せない。
 幸せになど、なって良いわけがないのだ。
 「……言ったでしょ?」
 少女はくすくすと喉を鳴らした。心地好い鳥の囀(サエズ)りのように軽やかな音色。
 「もう誰も、死なせない」
 その『誰も』に自身も含まれていることに目を開く。幾多の命を踏みつけて生きてきた身さえも、一つの命として扱ってくれることに心臓がきゅう、と痛んだ。
 毎夜感じてきた痛みとは似て非なる其れ。
 「生きることから、逃げないで。選んで」
 生きる資格を持たぬ者に全てを背負って生きろと言う。それは何よりも酷い仕打ちで何よりも酷い復讐。
 「飽く迄も生きろと、そう言うのか……」
 「うん。生きて。新しい自分を」
 それはもう、人を殺めなくともよいということか。己の課した罰から抜け出して、不釣合いな光に苛(サイナ)まれながらも、生きろ、と。
 「……それが、罰だというならば……」
 「そうじゃない。罰じゃない。誰もあんたに罰は課さない。だから自分で決めるの。これからの生き方全部。……あなたが、責任を負うの」
 罰以上に重いことを事も無げに少女は口にした。
 「大丈夫。あなたはもう、選んでる」
 細い黄色の髪越しに少女の頬が耳に触れる。人は、これほどに温かい。
 「美辞麗句ばかり……」
 そういう声は自身でも驚くほどに震えていた。引き攣る喉を、息を詰めて遣り過ごそうとして――失敗した。
 せりあがる、凍らせた筈の感情の波。もう二度と流すことはないと思っていた透明の雫が目から溢れる。
 悲しくも嬉しくも辛くもあったが、長年堰き止められてきた涙が流れ出すことに理由など必要無かった。
 「私は……生きても良いのか……」
 動き出す、人としての感情。
 命あるもの全てが持っているはずの『生きたい』という本能。必死に抗ってきた其れに、今ようやく素直に応じる。

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