雨音色
壮介は、自分の耳を疑った。


思わず自分が手にしていた湯呑茶碗を、畳の上に落としてしまった。


しかし、そんなことに彼は気づく余裕はなかった。


今、彼女は何て言ったのだろうか。


もう一度彼女の言葉の意味を尋ねようとしても、うまく舌が回らない。


重たい沈黙が漂う。


ごくり、と唾を飲み込むのどの音が、皆に聞こえてしまうかのような錯覚を覚えた。


皆が、何もしゃべらないまま、互いに真剣なまなざしで見つめ合っている。


それを破ったのは、母であった。


「・・・幸花さん」


「はい」


彼女の声は大きく、しっかりとしていた。


「・・・幸花さんは、壮介と結婚したら、幸せになれると思う?」


母の厳しい声。


「はい。私は今日、家を出る覚悟でここに来ています。


・・・私は、壮介さんと一緒にいられれば、それで良いのです。


私は、自分の気持ちに素直でありたいと思っています。


ただ、それだけなのです。


私の姉たちは、望まぬ結婚をして、愛のない家庭で毎日を送っている。


私は、それが嫌なのです。


私の人生なのに、私の思う通りに生きられないなんて、そんなのおかしい!


だから、・・・私を、どうぞ、このままここに置いてください!」


それに応ずる、彼女の芯の通った声。


思いの丈を叫ぶかのように、彼女は一気に喋った。


彼は、ただその隣で2人のやりとりを見守るだけしかできなかった。


今、彼女が言っていることは、彼の想定の範囲を超えていたからだった。

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