雨音色
陰の力
タマは、屋敷の窓から、車が立ち去る姿を見送っていた。


彼女は、目を閉じる。


瞼の裏には、先ほどの藤木の笑顔があった。


屈託のない、


そして、自信に溢れた笑顔だった。


『後2年、待って欲しい』


悪いとは知りながらも、立ち聞きして、聞こえてきた、彼の言葉。


それが聞こえた瞬間、彼女の全身に鳥肌が立っていた。






「・・・貴方様は、・・・本当に幸花様を、幸せにしてくれるかもしれませんね」


タマは、窓の端に、リボンでまとめられたカーテンをぎゅ、と握った。


そう遠くない昔。


山内家の奥方が亡くなった時。


瀕死の状態の彼女は、掠れた声で、タマに伝えた。




「・・・娘たちが幸せになるよう、手伝ってほしい・・・」







彼女にとっての「幸せ」とは何だったのだろうか。


タマは、山内家に女中として入ってきて以降、がむしゃらに働いてきた。


山内家の奥方が亡くなってからは、山内家の娘たちを、母親代わりにしつけ、立派に育たせ、


どこに居ても恥ずかしくないようにさせてきた。


そう、考えてきた。


しかし、今。


初めて、今の自分に疑問を抱いていた。


本当の幸せを掴ませるために


自分がすべきことは、何なのか、と。


今、自分がしていることは、正しいのか、と。


カーテンを握る手に、更に力が入った。


窓から差し込む光の暑さを瞼に感じながら、


彼女は深く息を吸い込んだ。
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