雨音色
彼は、少なくとも今まで見合いをしてきた男性の中では、初めての例である。


仕事の話をしない。


正直に物を言う。


そして謙虚な姿勢。


これまでの男性の中には、自分の専門分野しか話せないつまらない男や、


普段から遊女と一緒にいるのだろう、明らかに女性の扱いが慣れている、


挙句の果てには傲慢、といったそのどちらかだった。


学者馬鹿と不潔且つ傲慢な男の識別は、既に彼女の得意技となっている。


しかし、彼はそのどちらにも属さなかった。


「そうですか。それでは、美術に興味がおありなんですね」


「・・・えぇ、女学校時代は美術の成績は『甲』でした。特に西洋美術は」


男は嬉しそうな声を上げた。


「本当ですか?凄いなぁ・・・。僕には無い才能をお持ちなんですね。

あ、それではもしかして、西洋音楽には興味ありますか?」


「ピアノとバイオリンは習っております・・・」


「それでは、『ジャズ』というのは、ご存知ですか?」


「え?ジャ・・・」


「ジャズです。

僕が独逸にいた時、一緒に留学していた亜米利加人の友人が教えてくれました。

サックスという・・・うーん、大きな笛、とでも言いましょうか、

そのような楽器とか、ピアノとかも使うんです。

黒人音楽なのだそうですが、クラシックとはまた違って何というか・・・。

あぁ、こういう時に芸術的な表現力があれば良いんですけど」


彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。


その仕草があまりに子供っぽく、彼女は思わず噴出してしまった。
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