雨音色
「君の論文は、共犯論の根幹を揺るがしかねない。

これならば独逸の学者の間でも引けを取らぬでございましょう。

出来る限り早急に政府の方に申し立てておきましょう。

早ければ、今年中には独逸に行けるかもしれないね」


―独逸。昨年までいた、遥か遠い欧州の国。―


刑法議論の最先端が、彼を待っている。


藤木は心底喜んだ。


少しばかりの苦さが、そこに紛れている事に気づかないで。


「ありがとうございます」


彼は再び野村の手を握り、頭を下げた。


「何、礼には及ばぬ。君の実力ですよ」


野村が笑いながらその手を揺すった。


目の前に、確たる未来が一瞬見えた気がした。


初めから、そう決められていたのだろう。


そういう運命だった。


そういう・・・。


「・・・藤木君?いつまで握手しているつもりですか?」


「え?あ、ごめんなさい」


藤木は慌ててその手を離した。


「ははは。よっぽど嬉しいようですね」


3人が一斉に笑い出した。


講堂にその声がこだまする。


それが彼の心の片隅に響いた。
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