雨音色
「母さん、そういうことだから、またしばらくの間、牧先生の家に居る事になるかもしれないけど・・・」


彼らは縁側に座っていた。


藤木は湿った手拭いを首にかけていた。


夜も深くなり始めてきた頃だった。


冷え切った体を温める為に、


帰宅後直ぐに風呂に入った後、彼は母に留学の件を告げた。


雲間から顔を覗かせる満月の光が、庭先を明るく照らす。


夜だけの鈴虫の合唱が聞こえてきた。


「そう。お土産頼んだわよ。欧州のお菓子はおいしいから、よろしくね」


母は笑いながら、蚊取り線香に火を付けた。


「うん。・・・頑張ってくるから」


先ほどまでの雨と打って変わって、静けさが漂っている。


秋の到来が、もう目の前に迫っていた。


「・・・壮介」


「何?」


母が何かを言いかけた、その時だった。


どん、どん。


誰かが玄関を叩く音が聞こえた。


「こんな時間に誰だろう。ちょっと見てくるよ」


彼は手ぬぐいをはずし、


隣に置いていた洋式のランプを右手に持ち、玄関に向かった。


母は、彼の後姿を眺めていた。
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