雨音色
「・・・お父さんに、愛してるって、言わなかったこと」


「え?」


思わぬ科白に、彼は目を丸くした。


彼女は懐かしそうに目を細めていた。


まるで、遠い何かを見つめるかの如く。


「私達、お見合いで出会ったの。

お父さんは当時助教授で、私は女学校を出たばかり。

出会った時にね、直感でこう思ったのよ。

『あぁ、この人と結婚すれば幸せになれる』て」


彼女は照れくさそうに笑う。


「へぇ。すごいね。実際その通りになったじゃない」


「えぇ。本当、その通りだったわ。

その数ヵ月後に私達は結婚したのだけど、

お父さん、結婚を申し出る時、何ていったと思う?」


「え?何か言ったの?」


普通、見合いは結婚を前提とする。


―自分のような例外もあったが。―


わざわざ申し出る必要はほとんどない。
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