幸せという病気

神谷は武の胸元で、今日一日こらえた分の涙を流す。



めいっぱい・・・もういない弘樹を思い出しながら・・・。



その泣き声は、すみれにも聞こえていた。





そして一人、すみれはゆっくりと歩き、家へと帰って行った・・・。





しばらく経ち、少し落ち着いた神谷に、武は声を掛ける。



「弘樹の手紙・・・」

「・・・うん・・・」

「これ・・・返すよ」

「・・・なんで?」



そう言うと、胸元に預けていた顔を上げ、神谷は武の顔を見た。



「これは・・・いらない」

「・・・そう・・・」


武のその言葉に少し考えるように黙り、神谷は小さく返事をする。


「まぁ・・・言われなくてもわかってる事しか書いてなかったからさ」


冗談っぽく武が笑って答えると、神谷は下を向きながらようやく笑みを漏らした。

そして、そろそろ帰ろうとする武に神谷が切り出す。


「あのね・・・?」

「どした?」

「・・・なんか・・・二人は似すぎてズルいよ・・・」

「・・・」

「ホントにありがとぉ」


その後、武は神谷を心配しながらフラフラと家へと帰って行った。

やがて寒さの中、三十分程で帰宅し、「ただいま」と武が玄関先で声を掛けると、ミシミシと廊下の音を立て、竜司が会釈をして出て来た。


「なんだ来てたのか」

「武さん、塩はいいっすか?」

「あぁ・・・いいよそんなの」


靴を脱ぎながら低い声で武は話す。


「もう寝るわ」

「え・・・早いですね」

「この所、ろくに寝てないしな」


一瞬黙って竜司がそれに答える。


「はい・・・あの、すみれさんが連絡欲しいって・・・」

「わかった」


そのまま武は自分の部屋に入っていった。

竜司はその後姿を見て、洗い物をしていた祖母に話し掛ける。


「武さん・・・大丈夫かな」

「そうだね・・・」


祖母が心配そうに答えると、竜司が続ける。

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