胡蝶蘭
建物の中に作られたもう一つの階段をのぼりながら、彼女が声をかけてきた。



「ねぇ、あんた、あいつに何かされたら警察に届け出なよ?
本気でなにするかわかったもんじゃないから。」


「大丈夫だ。
あんな奴に負けるほど貧弱じゃない。」


「そういう意味じゃない。
匡は頭脳派なんだ、策を練って有利な立場から仕掛けてくるから。」



不安げに、彼女は語る。



真剣な様子に、偉槻は思わず立ち止まって耳を傾けた。



「あいつ、大学は法学部なんだ。
あたしもあいつが何勉強してるのかわかんないけど、取り敢えず法学部ってくらいだから法律の勉強してるんだろ?
何か抜け道探してあんたに攻撃するよ。」



必死に彼女は逃げろと言う。



だが、偉槻は首を振った。



「別に、俺は悪い事をしたわけじゃない。
男に襲われそうになってた女を助けただけだ。
何も法に触れるようなことはしていない。」


「そうだけど...さっきみたいに誘拐とか拉致とか根も葉もないことをでっち上げてくる...。」


「俺のことはどうでもいい。
自分のことは自分でなんとか出来る。
俺はお前と違ってもう大人だ。



遮って低い声で捲し立てた偉槻に、彼女は怯えたように押し黙った。



それをいいことに偉槻は階段を一気に駆け上がった。



彼女もゆっくりとだが追いついてくる。



さっき飛び出したまま開いているドアをくぐり、偉槻はため息をついた。



面倒な相手と関わったもんだ。







このときから、何となく偉槻は彼女が記憶に残っていた。




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