胡蝶蘭
ふうっと誓耶は目を閉じた。



もしかしたら知らない間に行っているのかと思ったこともあった。



しかしそんなことを考え出したらきりがない。



見える範囲では何にもない。



そこだけで安心しよう。



「ねぇ、髪、伸ばさない?」



唐突に、匡は誓耶の髪を引っ張った。



「寒いのに、なんでショートなわけ?」


「…関係ないだろ。」



答えるのが面倒くさい。



ダルいし…。



ごろりと寝がえりを打った。



身体が痛む。



布団がずり落ちそうになるのを、片手で引きとめる。



匡はその後から誓耶を抱きしめた。



「ねぇ、伸ばしたとこ見てみたい。」


「やだよ。
鬱陶しい。」



小さい頃伸ばしていた記憶はあるが、今はそんな気にはならない。



昔は泰誓が梳いてくれたし、学校に行く時は結ってくれた。



今はそういうわけにはいかない。



手入れも何もかも全て自分でやらなくてはいけないのだ。



それに、昔と同じような格好をしていると、昔のことを思い出してつらい。



あの時はああだったのに、なんて。



思い出にかわってく兄ちゃんが怖い。



まだ、置いてかないで。



記憶でいい、だから、薄れていかないで。




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