観念世界
「まだ判りませんか?」

 そう言って少女はすっと立ち上がり、その真っ直ぐな瞳を私に向けました。無知だから尊いと話した少女とは所作も声色も、まるでかけ離れた違う存在のように。
 そして、静かな微笑みを浮かべ、その口を開きました。

「私欲を削ぐために知恵を持つことを許されず、運命の女神の仰せのままに、万人の願いが叶うよう、その背中を少しだけ押す。それが私の使命」

「あなたは、運だ」

 はっとする私に彼女は否定も肯定もしませんでした。
 また静かに私の側に腰を下ろし、手に握りしめていたラムネをひとつつまんで、ぱくりと頬張りました。ムチでトウトイ少女の顔で。


 ラムネの袋が空になったので、私は立ち上がりました。

「そろそろ失礼しますよ」

「行くの?」

 私は答える代わりに、ポケットに入っていたもうひとつのラムネの袋を差し出しました。

 少女が立ち上がり、ラムネを手にした時、その横でぱちんとシャボン玉が割れました。

「あ」

 視線を短くそちらにやり、それを私に向けると、少女は心から嬉しそうに微笑みました。

「願いが叶うのは嬉しい」

「達成感はなくてもね」

 その微笑みに応えた私の側でもまたシャボン玉がひとつ、小さな虹を散らしました。

《おわり》
< 13 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop