観念世界
「だってご主人、全然構ってくれないんだもん。気が合わないにしても自分で選んで買ったわけだしさぁ、もうちょっと接し方ってもんがあるんじゃない?」


「…あのなぁ」

 その言葉で俺は非常に頭の痛い妖精の挨拶を思い出し、自然とため息をついた。



「お前、そりゃ初対面でいきなり『うっぱー!お買い上げ、ありがちょーう!これからよろちくビーム!』なんて挨拶されたら大抵の人間は引くと思うぞ…っていうか俺は引いた。そして俺はあの挨拶で五年分疲れた」


「えー!ご主人あんな挨拶で疲れちゃうの?じじいー」


「じじいで結構。お前のせいで五年分じじいだ」また疲れた。会話を切り上げ本を開く。じじいは日向ぼっこしながら本を読むものと昔から相場が決まっているのだ。



「ところでさっきから何を熱心に読んでるの?」しかしじじいにした本人は会話を終わりにする気がないようだ。何がそんなに気なるのか俺より熱心に本に向かって首を突っ込んでくる。会話がしたいのか本を読みたいのかさっぱり分からない。仕方ない。気が済むまで話をするか。



 俺は開いたばかりの本をまた閉じ、その表紙を妖精に向けて見せた。黄緑色をしたソフトカバーのそれはいかにも実用書風の簡素な表紙になんのてらいもないゴシック文字でタイトルが書いてある。



「来週会社の宴会があるんだよ。だから宴会のときのマナーの本。場の雰囲気を壊して白けさせたりしたくないからね」


 すると妖精、眼をまんまるにして驚いたように声をあげた。見事な腹式呼吸のせいか、ものすごい声量だ。

「はぁ?宴会に参加するのにマナー本読むの?ご主人、バカ?」

「…この歳になってまさか妖精にバカって言われる日が来ようとは思わなかったよ」

 何だか自分がいたたまれなくなる。生まれて初めて自分を切ない奴だと思った。


「うーん。でもアレだよねぇ。ご主人そういう場所苦手そうだもんねぇー」


 今の俺の台詞はどうやら耳に届いてないらしく、妖精は腕組みしうんうんと自分の言葉に頷く。

 そして突然ぽん、とこぶしを叩き、とても言い思いつきだと言わんばかりに高揚した声をあげる。

「そうだ、ご主人、あたしが宴会のマナー教えてあげる!」

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