観念世界
「ねぇ…君、起きて」

 恐る恐る、僕は声をかける。
しかし彼女はすうすうと健やかな寝息をくり返し、なかなか起きてくれない。

「君、ちょっと起きてくれる?」

少し語気を強め、揺り起こそうと肩に手を伸ばす。が、簡単に掴めるはずの華奢なその肩には触れることができず、なぜかするりとすり抜けてしまう。
ぎょっとして自分の手を見つめる。両手を組む。自分の両手に問題はない。彼女の方を見る。
確かにそこで寝息を立てる彼女。よくできた映像?いや、と僕は気持ちを立て直す。彼女が映像であったとして、何の不都合があるだろうか?この少女が何物であろうと僕はこの不気味な空間から出る方法さえ教えてもらえればいいのだ。後はもうどうだっていい。

 触れられないなら声をかけるしかない。そう思い僕は何度も声をかける。かけ続ける。ここから出る術を知っているのは彼女しかいない。裏を返せば彼女に聞かない限りここからは出られないだろう。スペアキーのない鍵。離してしまえば打ち捨てられるようにこの白い世界に溶けてしまうかもしれない肉塊。不必要ではないけれども。でも必要か不必要化決めるのは僕じゃないかもしれないのだ。だから、僕は手放さない。運命を決める者への、せめてもの意思表示。

 何度も声をかけながら軽いヒステリーになりかけたところで、すっと、彼女はその目を開いた。赤い瞳が僕を見つめ、横になったままついっと首を傾げて見せた。そしてわずかに開いた赤い唇を動かす。まだ寝ぼけているせいか、のんびりと。

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