観念世界
 光のしずくに閉じ込められたような、その明るすぎる妙な軽さが、次第に不気味さを増す。どこだか判らないがここから出たほうがいいと本能が警鐘を鳴らす。あんな息苦しくつまらない世界でもこんな判らない場所よりましだ、と。しかし身体が動かない。手は、足は、ついているのだろうか。この光の中に吸収されてしまったのではないだろうか。そんな恐怖が頭をもたげる。

 ふいに、赤い糸が視界に入った。

宙に浮いているように見えたその糸の束はよく見ればそこにある白いテーブルから垂れている。
 その途端、金縛りが解けるようにふっと、身体の力が抜けた。動くようになった足でよろよろと立ち上がり、目を凝らす。赤い塊が乗っているのが見える。そちらのほうに向かう。近づくにつれテーブルの上の塊が形をなしてくる。
 透き通るような白い肌に深紅の服を身にまとい、同じように赤い長い髪がテーブルから垂れ落ちている。閉じたまぶたをふちどる赤く長い睫毛、かすかに寝息を立てる赤い唇。

 それはとても美しい容姿をした少女だった。

 白すぎる部屋の中で白いテーブルの上に寝転ぶ赤い少女を見下ろしながら、僕は手術を連想する。無機質な空間、飛び散る赤い血、不必要と判断され切り取られた肉塊は膿盆の上で光に照らされ、グロテスクに、そして不謹慎なほど艶かしく光る。それは切り取られてなお生物然としている。彼女は膿盆の上の肉塊に似ているとぼんやりと思う。でもこれは少女だ。膿盆に打ち捨てられた肉塊ではない。この妙な空間から脱出する術を知るのはこの少女しかいないだろう。言わば鍵。スペアはない。

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