MONO

彼は最初、俳優になろうと思いました。俳優になれば、彼の持つ哀しみも狂気も諦めも、もがきも全て吐き出すことが出来る。
別の人間を演じれば、自分から逃れることが出来る。彼はそう思いました。しかし、現実はその逆だったのです。
俳優という仕事は、演じようとすればするほど、自分自身を見つめなければならない仕事でした。
彼の演技を好きだといってくれる人もいました。
始めのころは、それが嬉しくて、ますます俳優になろうという思いが強まりました。
その勉強をするうちにわかってきたのです。彼がなりたい俳優というのは、自分の感情を露わにするような、
そんなタイプの俳優ではないということが。彼はそういう俳優が嫌いでした。
それでは彼の狂気や、あまりに深くなってしまった哀しみをどうすることも出来ません。彼はただひとり。自分の部屋の中だけで頭を振り、無声音で吠えました。
彼は俳優にだけはならないことにしました。
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