キミが刀を紅くした
花簪にはやはり客は一人も来ていなかった。先に到着していた丑松さんが入り口に居るだけ。
「丑松殿」
「あぁ、村崎殿。此処で会うとは奇遇だね。ご宿泊かい?」
「はい。丑松殿は?」
「ちょっと椿に用事だよ」
彼は急ぐ風でもなくいつもの様に入り口に座り込んだ。私は彼にお茶を出さずに、先に瀬川殿の宿泊の手配を済ませる。
日付は今日。時間は無記入。
そうしている間に総司さんが花簪へ戻ってきた。私はそれも気にせず、瀬川殿に告げる。
「桜の間をお使い下さいませ」
「ありがとうございます」
瀬川殿がとんとん、階段を上っていく。私はそれを確認してから丑松さんに階段を示した。
「椿、宗柄は」
「驚いて来て下さい。瀬川殿よりも前に。急いで、お願いします」
私は丑松殿の背を押した。彼は何も分からないままなのに私に従い、階段を静かに上っていった。
そして、総司さん。
「何で瀬川の兄さんが此処に?」
「話は全てが終わった後で。総司さんには瀬川殿を捕らえていただきたいのです。出来ますか?」
「そりゃ、無理ですよ。容疑がない人を捕らえるなんて事は――」
総司さんが言い終わる前に、丑松さんが彼を呼ぶ声が聞こえた。その声から、事が異常だと悟った総司さんは私が言うまでもなく階段を駆け上がってくれる。
そうして、見えたのは。
「……瀬川の兄さん」
瀬川殿と、紅色の椿に辺りを囲まれた御仁が倒れた姿。総司さんは目を丸くして立ち止まる。
私はそんな彼の背を、押した。