Sin(私と彼の罪)


腕の中の女はゆっくりと寝息をたてている。


幾重もの涙のあとを頬に残し、小さく開かれた口には血が滲んでいた。

唇を噛んだのだろう。


俺はそのあとを親指で拭った。

そして彼女を抱きなおす。



手首の治療も終わり、やっと一息ついたところだった。

幸い傷は浅く、傷跡もとくに残らないらしい。

それを聞いてほっとした。



質素なベッドに腰掛けて志乃をそこに横たわらせる。

鎮静剤がよく効いているらしく、さっきから起きる気配はない。


顔に掛った髪を払ってやる。
ベージュのそれが緩やかに指に絡んだ。





…人形のようだ。



深く眠っているようで、ぴくりとも動かない。
わずかに睫毛が揺れるくらいなものだ。


それでも、息をしている。

血が巡っている。



志乃は生きている。



その事実にこれだけ安堵している自分がおかしくて、軽く笑った。



「………はぁ」


しかし、まさかこんな形で、この部屋に再び入ることになるとは。

懐かしい匂いを吸い込む。

八畳ほどの広さに、テーブル、椅子、ベッド、そして壁一面の本棚。

もちろんそこにはぎっしりと本が詰まっている


すべて、この部屋で学んだのだ。



スガヤは俺に、本当にたくさんの知識を植え付けた。
哲学から犯罪学。
政界から、裏社会の情報まで。


だからこそ今の俺がある。

これまでの功績も、元をたどればすべてスガヤの教育によるものだ。



この部屋に、あまりいい思い出はない。



全体的に質素で、寝て勉強することにしか用途がないような部屋。

窓は小さいものが一つあるが、そこから差し込むのはほんの少しの光。
それも半分しかあけることができない。

まるで牢獄。

あの頃は、朝が来るたびに窓の外を眺めたものだった。
一人きりの部屋はいつでもどこかじめっとしていて、まるで末世にいるような心持だった。


あれから何年もたったのに、ここにはなんの変遷も見られない。

変わりなく、佇むだけだ。

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