月の恋人




ドレミファソラシド



規律の乱れなく正しく並ぶ白鍵。

妙に不安な気持ちにさせる黒鍵。


白と黒の無限の連鎖の中に、世界のすべてが詰まっている気がして、俺は、すぐにその楽器に夢中になった。



ピアノを弾いているときだけ、俺は自由になれた。


口に出せないたくさんの言葉が、指先から、鍵盤に零れていくようだった。


もっと、もっと、もっと弾きたい!

自分の中からメロディが生まれるまで、そう時間はかからなかった。




遊び半分で作曲まで始めた俺を見て、

先生は

『この子は、天才ですよ!』

と、俺の才能を両親に褒めちぎった。




そして、両親は――… 恐れた。


初めて目にする、俺の、何かに対する異様な執着ぶりに。



「翔、そんなに本気でやらなくてもいいんだ。」



まず、弾く時間を制限された。

放っておけば、一日中ずっとピアノの前から離れなかったから。






『トップを取れ』 

繰り返し、そう言ったのは親父なのに。



やっと、本気で取り組みたいものが見つかったと思ったら

『それは程々でいい』と言う。




身勝手だと思った。


結局『トップ』というのは
目下のところ学校の勉強のことで。


良い高校、良い大学、エリートコースのことでしかなかったんだ。








< 259 / 451 >

この作品をシェア

pagetop