月の恋人
ドレミファソラシド
規律の乱れなく正しく並ぶ白鍵。
妙に不安な気持ちにさせる黒鍵。
白と黒の無限の連鎖の中に、世界のすべてが詰まっている気がして、俺は、すぐにその楽器に夢中になった。
ピアノを弾いているときだけ、俺は自由になれた。
口に出せないたくさんの言葉が、指先から、鍵盤に零れていくようだった。
もっと、もっと、もっと弾きたい!
自分の中からメロディが生まれるまで、そう時間はかからなかった。
遊び半分で作曲まで始めた俺を見て、
先生は
『この子は、天才ですよ!』
と、俺の才能を両親に褒めちぎった。
そして、両親は――… 恐れた。
初めて目にする、俺の、何かに対する異様な執着ぶりに。
「翔、そんなに本気でやらなくてもいいんだ。」
まず、弾く時間を制限された。
放っておけば、一日中ずっとピアノの前から離れなかったから。
『トップを取れ』
繰り返し、そう言ったのは親父なのに。
やっと、本気で取り組みたいものが見つかったと思ったら
『それは程々でいい』と言う。
身勝手だと思った。
結局『トップ』というのは
目下のところ学校の勉強のことで。
良い高校、良い大学、エリートコースのことでしかなかったんだ。