月の恋人
「陽菜ちゃん、おばあちゃんがイチジクどうぞって。」
「え… あ、おばあちゃん、せっかく持ってきたのに…あたしが食べたらだめだよ。」
「ええの、ええの。陽菜ちゃん、イチジク好きだったと思っておばあちゃんも買っておいたのがあってね。どうせこんなに食べきれないから。」
「そう? じゃぁ、いただきます。」
冷蔵庫で冷やしてあった方の果実は、よく熟していて。
種のプチプチした食感が舌を楽しませる。
「… しあわせそうな、顔してるね。陽菜ちゃん。」
隣で、目を細めて翔くんが言う。
「翔くんも、食べる?」
「いや… ごめん。俺はダメ。見た目も、食感も、味も。」
「… そんな事言ったら、イチジクが可哀相だよ。好きでこんな風に生まれたんじゃないのに。」
ぽそっと呟いたあたしに、翔くんがクスクス、と笑い出した。
「それ、陽菜ちゃん、ちっちゃい頃も同じこと言ってたよね。覚えてる?」
「え?… そう、なの?」
「そのグロテスクな実を、手と顔をベトベトにしながら一生懸命食べててさ。俺が、気持ち悪いって言ったら、よくそう言ってたよ。イチヂクが可哀相って。こんなに美味しいのに、って。」