水島くん、好きな人はいますか。
マンションのエントランスに入ったところで、瞬が「お前は?」と尋ねてくる。
「ご飯? 食べてるよ。作る日も多い」
「おばさんは帰ってきてんの?」
「帰ってきても深夜か早朝だから、わかんない。どの靴履いてるかも知らないし、部屋も覗かないし」
「あっそ。はーあ……もう俺、風呂入って寝るわ」
エレベーターに乗り込む瞬の背中は、確かに疲労感でいっぱいだ。
「わたしもそうしよっかなあ」
「その前に俺は京にメールを送ってやる。内容は万代。タイトルは『本日の水島京に対する異議申し立て』だな」
「やめてよもーっ!! 気持ち悪くて鳥肌! 見てこれ!」
このあとスリーパーホールドという技で背後から首を絞められ、2秒で謝った。
水島くんにも心の中で謝りつつ、瞬と別れ帰宅したあと、自室で採点された答案用紙を眺め続けた。
……先生とか、向いてるんじゃないかなあ。
今日は医学書なんて読んでたし、医療系の職業に就きたいとか?
マルと、ペケと、点数に、解説とコメント。基本に忠実で、生真面目そうな水島くんの筆跡。
赤い赤いそれはまるで、篝火のよう。
やる気が出るのに、妙にうまいイラストが端に描かれていて笑ってしまう。
どうして毎回リスなんだろう。『惜しいです』と相変わらず泣きながら震えているし。
「……変なの」
くすりと笑いをこぼしてから答案を机に置き、開いたノートにペンを走らせた。
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