水島くん、好きな人はいますか。

「そこ! なにしてるんだっ!? 今は清掃時間だろう!」


「やべっ」と、真っ先に反応したのは水島くん。


2階の窓から身を乗り出す先生の存在に気付いたわたしたちは、一目散に中庭から飛び出した。


「こら! 内部進学決まったからって浮かれてばっかいるなよーっ!?」

「はーいっ!」

「すんませんでしたーっ!」


声の限り叫んだ先生の助言は本気だったと思う。だけどみくるちゃんと水島くんが送った返事は気が抜けるようなもので、校舎へ逃げ込むあいだ、6人はそれぞれの笑みをたたえていた。


振り返ったり、目配せする彼らや。手を取り合ったり、腕を組んだりする彼女たちと、笑い合う。


そのたびに学ランやスカーフの裾はひるがえり、くたびれたスクールシューズは、ぱたぱたと13歳のころと変わらない音を奏でる。


それらをもうすぐ脱ぎ捨てるのかと思うと寂しくもあった。


けれどこんなにも、春を待ち遠しく思ったことはない。


新しい制服。新品の教科書やノート。中等部よりずっと広くてきれいな校舎と、増える同級生。


変わるものに胸が躍り、変わらないものを胸に抱く15歳のわたしの足取りは、しっかりしているかな。心と同様、浮き立っているかもしれない。


……どう見ても浮かれてるよなあ。

内部進学が決まっても、入学式の前に山のような課題を出されるってわかっているのにね。


それでも先生。興奮や幸福が胸を一杯にしてやまないから、『浮かれるな』なんて言わず、もうしばらく与えてほしい。


きらきらとした充実感で覆われた安息が、残り少ない中学生活を彩ると信じて。

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