【BL】ひらゝ舞ふ
12
「圓谷は隣の家に棲んでいるのだけれど、林太郎君は父の意向も有るので、北王子の屋敷で生活しておくれ。
北王子家には慶一君もいるし、使用人達も君の父君をよく知っている人達ばかりだから。」

春三に部屋を案内され、前に影の如く付いている使用人がたいした物も入っていない荷物を降ろしてくれた。

「嗚呼、個室部屋というものはこうなっているのか」

林太郎は昨日までの集団で寝泊まりしていた頃を懐かしんだ。
恐らく、此の部屋より一回り小さい面積で十以上の使用人と寝ていたのだった。

「ねぇ、前はどんな所処で寝ていたの」

後ろに付いて来た慶一が興味津々に訊いてきた。

慶一は本当の貧しさを知らずに育ったが故、軽率な物云いをしてしまっていた。

富む者に素性を探られることで厭でも差を思い識らされる。
敏感な人間ならいきなり自分の過去に土足で上がられることは苛立つ要素だろう。

本人に関しては全く相手の尊厳を踏みにじったことに気が付いていないのだ。

「……慶一君……」

春三は申し訳なさそうに遮る。

「辛かった方か、それとも普通の方の事か。」

林太郎も慶一の無知さは充分理解できた。
自身も過去は辛苦のあまり忘れたいことも幾つもあったが後ろめたいことはやっていない。

気を遣われるよりはかえって慶一のように直球で云われる方が楽であった。

「……それより、父に……いや、君の祖父に会いに行こうか」

林太郎の対応に安堵し、春三と二人で兼松の部屋に行く。
兼松と聞いただけで林太郎の足が鉛のように重くなった。
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