天使と野獣

二人はわざわざ訪問したというのに、
適当な言葉が出て来なかった。

それでも京介から佐伯たちのことが聞きたかった二人は、
気が付くのを待とうと決め込んだ。

確かに民間人の、それも高校生の東条京介を

こんな危険にさらして良いわけは無い。

しかし、警部の消息、安否… 


木頭たちにはチーズ密売の真相は何も伝わっていなかったのだ。

佐伯からの連絡は、
京介が犯人に撃たれた、と言うことと

他に五人の高校生が囚われている、

犯人たちは倒した、と言うことだけだった。

それで救急車と共に急行したのだが… 



栄は強い口調で言ったものの、

事態の深刻さに怯えているような警察官を前にして、
初めの信念を貫き通す事が辛くなって来た。

息子の事は親の自分が熟知している。

京介から何かを得られるものなら… 

そう思った栄は
無心に眠っている息子の傍へ行った。



「京介、京介、眠っているところを悪いが、
一度目を覚ましてくれんか。」



まるでただ眠りに着いた息子に、
話しかけるように起こし始めた父親… 

その光景に刑事たちはもちろん、

一部始終を見ていた安本は驚き仰天した。


さっき、あんなに出血があり、
やっと眠った東条君を

何故この人達の為に起こさなくてはならないのだ。


大体警察がのこのこ民間人を頼って来るとは
あまりにも情けない話ではないか。

さっきはお父さんも怒っていたのに… 

安本には栄の気持が分らなくなっていた。

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