天使と野獣

光彦はドアを開けただけで、
何も言わず玄関横の自分の部屋に入って行った。

来訪者が隣の直道、
和美のところに来た、と言う事がわかり、
一応ドアを開けたようだ。


そんな光彦を気にする風もなく、
直道は勝手に上がって、
京介をその隣、和美の部屋に案内した。


和美はベッドに座り、
ベランダ越しに見える空を見ている。

それで京介は机のイスに、
直道は和美のベッドに、少し離れて座った。

部屋が狭いから、
男が二人立っていれば、余計に閉塞感が沸く。

二人の顔を見ても和美は無表情だ。



「和美、京介さんのこと、覚えているか。
屋上で会っただろ。」



直道の言葉に… 
和美は何も反応しない。

まるで聞こえなかったかのように、
空の一点を見つめている。

が、その様子… 
京介には精神を病んでいるようには見えない。

目や顔の筋肉、すべてが正常に機能している。

これは… 



「あのチーズは、あいつのものだったのか。」



いきなり京介は,直道の想定外の言葉を出した。

その意味も、直道には分からなかった。

しかし、和美は両手を堅く握り締め、
感情を抑えているようだ。

そう、明らかに京介の言葉に反応している。



「京介さん、チーズって… 
あのことは解決済みでしょう。」



確かにまだ、週刊誌の類が時には書いているが、
普通にはすっかり影を潜めてしまった事件だ。

新しい凶悪事件が次から次にと起き、
一般民間人が目にし、耳にする事件が多すぎる。

自分たちの高校の事であっても… 

大半の学生の意識は次の関心ごとに移っている。


直道のように、
吉岡とかなり近い存在であっても、

意識の中では事件は解決していた。


< 158 / 171 >

この作品をシェア

pagetop