天使と野獣

その京介は、
和美が肩を震わせて泣き出したことで、

イスから立ち上がり和美の隣、
直道と和美の間に割って入り、
和美をやさしく抱きかかえている。


こんなやさしい行為をする京介など、

想像も出来ない直道。

馬鹿みたいに、口をあけたまま見ているだけだった。



「気が済んだか。」



しばらくして京介は和美を放し、

自分のポケットからハンカチを出して
和美に渡している。

糊のきいた気持の良いハンカチだ。



「私が彼に相談したのです。」



小さな声で和美がつぶやいた。



「やっぱりな。
吉岡はそれだけお前が好きだったってことだ。

確かに事件としては終わっている。
やつら、持っていた顧客名簿を燃やしていた。

吉岡は勇敢な奴だ、と称えられているが… 

あいつの心は、本当はまだ終わってはいない。
吉岡はさっきの奴を救いたかったのだろ。」



ここに来ても直道は京介の真意が分からなかった。

誰の事を言っているのだ。

そして、今自分の前で見せた
和美の気持も… 分からない。

吉岡が和美と仲が良かった事は自分も知っていた。


その吉岡を屋上から突き落としたのは
増田、と言う事も知っている。


しかし、和美が吉岡に何を相談したのだ。

さっきの奴… とか言っていたが、
さっきの奴って、

まさか光彦… 
ここに来るまで光彦しか会わなかった。


京介さんは名前を覚えようとしないからややこしいが… 

あけていた口を戻し、
直道なりに考えをまとめている。


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