幕末異聞
「お前、芹沢を助けに来たのか?」
「…もうええやろ。
あんたが一掃したがってた芹沢派はもう消滅したんや。他に何が必要か?」
楓は自分勝手に事を運んでいく土方を嫌悪感に満ちた表情で見据える。
「お前の新撰組に対する忠誠心を再度確認してーんだよ」
土方も負けず劣らず、今にも食らいつきそうなギラついた眼で楓を睨む。
「今度はうちを裏切り者とでも思っとるんですか?副長さん」
「答えようによってはそう捉える」
蕎麦屋の中は人の話し声や蕎麦をすする音、店員が忙しなく歩く足音で賑やかだった。
しかし、この両者を包む空気は、周りとは明らかに違っている。いつどちらが刀を抜いてもおかしくないと思わせるほどの緊張感と沈黙。
そんな中、楓は口を開いた。
「…うちはあの日、芹沢を助けようなんて微塵も思っとらんかった」
――うちが救いたかったんはあの女やった…
今考えればおかしな話だ。
人を何人も斬ってきた自分が人を救おうなんて都合の良すぎる話だと。結局この手は人を殺めることしか出来ないのだとあの日痛感させられた。
だったら自分は此処にいるしかないではないか。
自分が必要とされる場所はもう此処しかないのだ。