アンダンティーノ ―恋する旋律 (短編)
 テツロウは眼鏡をずり上げて涙を
ぬぐった。
 
 ボソボソしゃべりながら何度も何度も
頭を下げる。

 お礼を言っているらしいが、
声が低くくて聞こえなかった。

 怒ったと思ったら泣き出し、
泣いたと思ったら今度は過剰なほど
に感謝してみせる。

 なかなかエキセントリックな男だ。

「できるかどうかわからない」という
部分は、その耳には届かなかったかも
しれないとユマは思った。

 どうしてこんなことになってしまった
のだろう? 

 早く家に帰って、期末試験の勉強を
しなければならないのに。

 ううん、それより先にハルキに電話を
かけて、三日後のリサイタルに誘わなけ
ればいけないのに。

 とにかくまずは話を聞くことだ。

 ユマはまだ少ししゃくり上げている
テツロウを、手近の椅子まで誘導した。

 幽霊にとって座った方が楽かどうかは
見当もつかなかったけれど。
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