幕末異聞―弐―
「旦那様!おはようございます」
「うん。飯はまだできんのか?」
「申し訳ございませんもう暫しお待ちください。今朝方、沖ノ屋さんから獲れたてのイワナを頂きまして、今焼いているところです」
「イワナか!いいなあ。店の方にいるから出来たら呼んでくれ」
「畏まりました」
四条河原町にある枡屋の中では、自分の身に危険が迫っているとは知る由もない店主の喜右衛門がいつもの朝を迎えていた。
いつも通り井戸で顔を洗い、いつも通り住み込みの女中と会話をし、いつも通り店の開店準備をする喜右衛門。
――トントン
「?」
店内の掃除をしている喜右衛門の耳に突然、入り口の木戸を小突く音が聞こえた。
(まだ暖簾も出していないというのに…)
不気味に思った喜右衛門だが、商人である以上、客を邪険にするわけにはいかないと思い、箒を置いて渋々木戸の前に立った。
「申し訳ありませんが、まだ店は準備中でございます。あと半刻ほどお待ちください!」
喜右衛門はふくよかな頬を揺らしながら木戸の向こう側にいる人間に聞こえるように大きな声を出す。
「いや!違うんじゃ!!ちょお聞きたいことがあるぜよ!!」
「?」
木戸の向こうから聞こえた少し高めの男の声に喜右衛門の警戒心はさらに高まった。今まで多くの藩士と商談をしてきた喜右衛門だが、このような言葉遣いをする客とは会ったことがなかったのだ。
喜右衛門はまだ戸を開けず、しばらく様子を見る事にした。
「その聞きたいこととは、私にも解ることでしょうか?」
一応、男の用件を聞こうと喜右衛門は木戸に問いかける。
「……わからん!」
「?!」
男の返事に、太く長い眉を顰めるしかない枡屋の主人。