幕末異聞―弐―

――烏丸通今出川


「西郷どん!いいんですか?!」

若い男が前の大きな背中を追って小走りで通りを駆けている。

「いいわけなか」

西郷と呼ばれた男が、熊のようなずんぐりした巨体を追い掛けて来る青年に向けた。

「では何故承諾したのですか!?」

昼過ぎで頻繁に人が行き交う烏丸通。
町の雑音に声を掻き消されそうになりながら、小綺麗な着物を身に纏った青年は懸命に声を張り上げた。

「おまはんには解らんのだ!!佐幕派からも倒幕派からも睨まれている薩摩の難しい状況が!」


文久三年の八月十八日の変で、攘夷を唱えながら佐幕派として京都から長州藩を追放した薩摩藩は、この事件を境に倒幕派の標的となってしまったのだ。
更に、薩摩藩の藩士の一部は外国と密貿易を展開していた事もあり、完全に長州藩の敵となった。
また幕府の中において、尊王攘夷を唱えつつ佐幕派に属している薩摩藩を警戒する者も少なくない。

つまり、言動と行動が矛盾する今の薩摩藩の立ち位置はとても中途半端で危ういのである。

「だからって…こげん戦、一体誰が得するというのか?」

青年は俯き、唇を強く噛み締めた。

――気持ちは痛いほど解る

だが、自分の正義に忠実に生きていける世の中ではない。西郷は、まるで自分の心の中を具現化したような青年の姿に目を伏せた。



< 263 / 349 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop