幕末異聞―弐―
「新八」
記憶の中に身を投じていた永倉を楓の声が引きずり出す。
「ん?」
悔しがるでもなく、怒っているわけでもない抑揚のない声が逆に永倉の心に引っ掛かった。
「悪いが、出てってくれんか?」
こうも無感情になられてしまうと、余計に気になってしまう。しかし、永倉が本人たっての希望を押し切ってここに残る理由はない。
話してみろと言われて心の内を打ち明けるような人間ではないのだ。
「…わかった。ここに薬置いておくから、ちゃんと傷に塗っとけよ」
少なくとも他の隊士よりも楓と一緒に居る時間が長かった永倉は、楓の性格を多少は理解していた。ここは潔く退くもが正しいと解っていた。
すっと静かに襖を開けた永倉に目を向ける事無く、楓は相変わらず無感情に差し出された小さな入れ物を睨んでいた。
「…すまんな」
敷居を跨いだ永倉の背中に、微かに聞こえた楓の謝罪の言葉。その言葉には、感謝の気持ちがほんの僅かではあるが、確かに含まれていた。
「どういたしまして」
永倉は気にしなくていい。という気持ちを込めて、できるだけ優しい声で返事をし、襖を閉めた。