幕末異聞―弐―
「ぷっ…ふははははは!!」
急に緊張の糸が切れた沖田が、千鳥足の楓と下駄を振り上げている土方を見て大の字に倒れた。
「笑ってんじゃねー総司!!…あ?お前左手怪我してんのか?」
暗闇にも関わらず、土方は寝転がった沖田の左袖が血で染まってるのを目ざとく見つけた。
「ははは…え?ああ、大した傷ではないので大丈夫ですよ」
沖田は軽く笑い飛ばし、何でもないことを主張するため、空に向けて左腕を持ち上げ激しく振る。
「ふん。強がるのも大概にせい」
漸く真っ直ぐ立てるようになった楓が沖田を流し見、下駄が当たった衝撃で手放してしまった刀の回収へと向かった。
楓の刀は僅かな月の光を浴び、戦いが終わった今でも鋭利な光を放っている。
「おい赤城」
「あ?」
土方に呼ばれ、拾った刀を点検していた楓が煩わしそうに答えた。
「…お前、今すげー不細工だぞ?」
「ああ!?」
「ぶっ!!」
挑発しているのかと、楓の刃のように鋭い視線が土方に向けられたが、その顔は真剣そのものだ。あまりの唐突すぎる展開に、沖田は口を押さえて笑っている。
「いや、今刀の光で顔が見えたんだがよ。唇切れてるし鼻腫れ気味だし、極めつけは頭に瘤ができてるっつー…それじゃ町で目立つだろ」
「瘤作った張本人が言えた事か!?糞方っ!!」
まじまじと楓の顔を見て、明日の除隊後を案ずる土方に向け、楓は砂利を蹴り上げた。
「痛っ!テメェ何しやがる!?」
自分が裸足なことも忘れて砂利を蹴り、手に持った下駄も楓に投げつける土方。
「いだだだっ!ふざけんな!!」
楓は飛んできた下駄を見事に両手で掴み、思いっきり振りかぶって投げ返す。
(童の喧嘩って確かこんなんだったな)
二人の低俗な喧嘩に、自分が子供の頃を沖田はぼんやりと思い出していた。
そんな緩んだ空気の中、場違いな張り詰めた空気が三人に近づく。