幕末異聞―弐―
「はぁ…は……。
吉田、武力なんかでどうにか出来るほど人間は単純じゃないぜよ。悲しみが憎悪に変わることだってある」
「…」
「そりゃわしだって、全く犠牲を出さず変えるなんて事は不可能だと解っちょる。でも、無関係な庶民に血を流させないことは出来ると思うぜよ!
犠牲になるのは、刀を持った奴だけで十分じゃ。
もうわしらで武力の時代は終わりにしよう…」
――武士は滅びねばならない
坂本は振り上げた拳を下げ、吉田を突き放す。
開放された吉田は、乱れた着物をそのままに、静かに元のように座った。
「そういう事で、交渉決裂。失礼する」
「じゃあ、何故貴方は武器を買うのです?」
吉田の質問に立て膝の体制で止まる。
「話し合いは時に強行突破も必要じゃ。実際に使う気はないぜよ。脅しだ」
最も、使わんで済むのが一番なんじゃがと笑いながら坂本は立ち上がる。
「坂本さん、一度桂小五郎と会ってみたらいい。
外国と交友関係があるのは嫌がるかもしれないが、話は合いそうだ」
吉田はようやく着物を正し、微笑んだ。
「そうか。機会があれば是非会ってみたいぜよ。相反する意見の人間と言葉を交わすのも大切じゃ!」
「ふっ。確かにそうだ」
「…じゃあ、わしは行くぜよ」
くせ毛の頭を撫でながら坂本は笑顔で長屋を出て行った。
「いいんですか?吉田さん」
出て行った坂本を不服そうに目で追う宮部。
「いいもなにも、これが結果です。また次の策を考えましょう。それに、彼も私たちのことを幕府に密告できるような立場じゃないはずです。計画が露見することはまず考えられない」
吉田は開け放たれた戸から坂本の小さくなっていく背中を見て、静かに目を伏せた。