幕末異聞―弐―
「あららら。ちょお!お姉さん!」
再び河原町の茶屋に戻ってきた坂本は口を窄めた。
「はいはい何でしょう?」
坂本の呼びかけに気が付いた店員が坂本に駆け寄る。
「さっきまでここにちんまくて刀持っててちょっと変な女子がおったじゃろう?」
「…貴方も十分変ですけど」
「ふあ?なんぞ言うたか?」
「いえいえ何も!!その子なら貴方が店を出て行ってすぐにどこかへ行きましたよ」
思わず店員の口を付いて出たぼやきは幸い坂本には聞こえていなかったようだ。
「…待つ気ないの丸出しじゃな。そうか。そりゃ残念…」
坂本は業とらしく肩を落とし、大きな溜息をつく。
その姿を見た店員の女がパンっと突然手を叩いた。
「あ!そういえば私、その子に貴方宛の伝言を頼まれたんですよ!!」
女は人受けの良さそうな笑みで坂本に近寄る。
「おお!!何と言うちょった?!」
坂本の顔も吊られて笑顔になった。しかし、たった今まで笑っていたはずの女の顔はすぐに曇ってしまった。
「どうしたがか?」
明らかにおかしい店員の態度に坂本は恐る恐る尋ねてみた。
「…本当に言っていいんですか?」
「だって伝言なんじゃろ?」
「そうですけど…。私が言ったわけじゃないですからね?!」
「わかっちょるて!」
「…じゃあ、言います」
長い間を置き、店員は決心したように息を肺一杯に吸う。
そして…
「“死ね!モジャボロ頭―!”…だそうです」
「…は?」
この時、店員の声は思いのほか大きく、店にいた従業員や客は何事か?と一気に坂本に視線を集中させていた。
「では、私はこれで」
礼儀正しくお辞儀をして恥ずかしそうに店に入っていく店員。残された坂本は完全に硬直している。
「は…ははは。あははは!!まこっとにあの女子は愉快じゃ!是非もう一度会ってみたいぜよ!!なはは!」
腹を抱えてしゃがみ込み、笑い袋のように笑いが止まらない坂本。
しばらくしてやっと落ち着いたと思うと、すくっと立ち上がった。
「今度こそ絶対に名を教えてもらわにゃいけん!」
と威勢良く言い切ると、河原町の大通りを走り抜け、姿を消した。