猫になって君にキスをして

『まもなくー、轟(トドロキ)町ー、轟町ー…』


車掌のよく聞き取れない眠い声が流れる。


「どれ、婆ちゃんここで降りるんじゃ。お前はどこだ?」

「にゃにゃ」(まだ先だ)

「気ぃつけて行けよ」

「にゃ」


婆さんが、もう一度オレの頭を撫でた。

夕日に反射した金歯が、ピカリと光る。

……眩しい。

しかしなんだろう、別の眩しさだ。


光輝く金歯には、婆さんの生きている証が含まれている気がした。


「んじゃ、またな猫」

「にゃにゃ」(婆さんも気をつけろよ)


よっこらせ……と、立ち上がった婆さんが、腰を曲げ、扉へ向かう。


シートから飛び降りたオレは、そこまで一緒に歩いた。


婆さんが先にホームへ立ち、引きずられる紙袋がズズズっと後に続く。


「にゃにゃ!」(またな!)


閉まりかけた扉の間から、婆さんのケツに呼びかけた。


「たっしゃでな、猫」


後ろ手にひらひらと、婆さんは手を振った。

< 130 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop