隠す人


その頃二宮は、社長室の機密文書を置いている例の地下室で、誰にも邪魔をされずに資料を読みあさっていた。
もっとも、そろそろ刑事が自分のことを探しだす頃だから、頃合いを見計らってまた見つけられた振りをしなければならない。
社内をウロウロされて、ここの存在に気づかれるのは、避けたいところだ。

二宮が読んでいるのは、社長が欠かさずつけていた日記帳だった。
見開き2ページに七日分の欄が設けられているタイプのもので、その日の出来事が短く記されていた。
日記を第三者に見られることを懸念してだろう、固有名詞は全てイニシャル表記されていた。

「○月×日
午後、N連との会合。眠かった。
夜、S精機の社長の紹介で、「A」という店に行く。
そこのMちゃんは、なかなかいい娘だ。
Kちゃんの嫁にどうだろうか。
もらった名刺は、みどりさんに渡しておく」

二宮が顔をあげた。
まただ、「みどりさん」。

社長の日記の中に、度々この「みどりさん」が登場していた。

二宮の頭の中の膨大な人脈リストに、この記述に当てはまる「みどりさん」はいない。
自分の知らない人だろうか。
しかしそれにしては「みどりさん」が登場する回数は多く、日頃のスケジュールを全て把握している二宮がこの人物の存在に気づかない、というのも不自然だ。

…うつみ宮土理?
いや、うつみさんとは、社長室に「カチンカチン体操」の本があるだけの仲だ。
万が一親交があったとしても、こんなに頻繁に社長とうつみさんが逢瀬を重ねていたら、キンキンが黙っていないだろう。

みどりさんについてあれこれと憶測しながら次のページをめくった、二宮の手が止まった。
事件が起こった前の週のページだった。
事件のちょうど一週間前にあたる、月曜日。日記はそこで終わっていた。
最後の日記には、一言、こう書かれていた。

『みどりさんに、預けた』

二宮は、日記を閉じて、うなだれる。
駄目だ、これでますます分からなくなった。

「・・・」
しばらくそうしていたが、気を取り直して箱から別な資料を取り出し、また読み出す。
その目つきは、手がかりを求めて彼を追う、二刑事の目に似ていた。



(4.第一被疑者、「元」社長秘書 終)
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