Simply
「…………かずま」


吐息まじりな女の声


カバンを握る手に嫌でも力が入って、爪が肌に食い込む


そんな痛みもわからない


聞きたくないのに…………



ひたすら続く沈黙を終わらせたのは、かずまの声だった


「今日は、無理」


低い声が静かに静寂を破る

そこからガサガサと音が大きくなって、乱暴にドアが開く音

そして、走り去っていく足音が聞こえた


狭い中で、体を小さくして、カバンを抱きしめたまま動けない


こんな状況なのに、かずまのセリフが引っかかってくる


“今日は、無理”って何?

今日じゃないなら、いいってこと??


それよりも……


息苦しくなってきた小部屋の扉が開いて、アタシは外の空気を欲して飛び出した

転がったままの靴を慌てて拾って立ち上がると、かずまに肩をつかまれる


「やだ…………ッッ」


“何回か、したな”

かずまの言葉と、小沢さんの吐息混じりの声が混ざりあう

急激に色を持った現実が押し寄せてきて、処理しきれない


「気持ち悪い……!

触らないで…………!」

かずまの腕を振り払う

アタシは、片方の靴を抱いて、片方だけのヒールを鳴らす
この上ないくらいバランスが悪くて走りにくいのに、構わずにただ走って逃げた


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