コーヒー溺路線
 

その翌日、彩子はいつも通りに少し早めの八時頃出勤した。
 

昨夜マスターにマンションの入り口まで送ってもらうと、覚束ない足取りでゆらりゆらりとエレベーターに乗った。
エレベーターは直ぐに四階へ到着し、彩子は急に足早になると自分の暮らす部屋へと向かった。
 

鍵を開けて部屋に入ってから彩子は直ぐに鍵を閉めた。そして靴を脱ぐとそのままシャワールームへとなだれ込んだ。
シャワーを浴びた後は髪の毛も乾かさずに寝てしまった。
 


 
「彩子ちゃん、なんだか顔色が良くないわよ。どうかしたの?」
 


 
こうして彩子に馴々しく接するのは小野梓だけである。何もないですよと無気力に彩子が笑顔で返すと、梓は心底呆れたような表情になった。
 


 
「彩子ちゃんは嘘が吐けないわね、全く」
 


 
大袈裟に首を竦めながら梓は溜め息を吐く。彩子はそんな梓の気遣いに居た堪れなくなり、それでもやはり力無く微笑んだ。
 

梓は当たり前のように彩子のデスクの隣りに着き、コンピュータの電源を入れた。そして梓に倣い、彩子もコンピュータの電源を入れる。
 


 
「彩子ちゃん、知ってる?」
 


 
突然冷静な声で梓は言った。彩子はゆっくりと梓の方へ顔を向ける。
梓はコンピュータのディスプレイに視線を落としたままだ。梓のしなやかで手慣れたブラインドタッチは行われているままである。
 


 
「何をですか」
 

 
「藤山さんね、最近いろいろな部署の女の子達からよく告白されているみたいよ」
 


 
意地悪く梓は口角を上げてみせた。
彩子は絶句してどこか一点を見つめているようだった。
 


 
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