黄昏色に、さようなら。

ストンと、


足元にカバンが落ちて、転がった。


な、なに……?


純ちゃんの右肩に、自分の左頬がぴったりと収まっている。


肩に、腰に、ガッチリと回された力強い腕の感触で、今自分が置かれている状況を否が応でも思い知らされる。


暴走し始めた鼓動と、一気に熱くなる頬。


や、やだっ!


「純ちゃ――、放して、放してよっ!」


戒めを解こうと必死にもがくけど、力で純ちゃんに敵うわけもなく、


肩と腰に回された両腕はビクリとも動かず、


でも、それ以上は力を込められることはなく、


すっぽりとホールドされた状態のまま、ただ動くことができない。


「純ちゃ――」


「風花、大丈夫だ。大丈夫……」


すうっと耳に届いたのは、感情に走ったようすなど微塵も見られない、とても穏やかな声音だった。


あの夢の中、


事故の怪我と見えない恐怖に、心が壊れかけていたあの時、


語りかけてくれた時と同じに、優しい響きを持った声が、静かに降り積もる。


「怖いことなんて何もない。俺は、お前が嫌がることは絶対しない」


まるで、幼い子供に語りかけるように、どこまでも慈愛に満ちたその声は、とても安心できて。


嘘は、言っていない――と思った。


「これが最後でいい。もうお前を煩わせるような真似は二度としない。だから、今だけ、信じてみてくれないか?」


最後? 二度としない?


その言葉にドキッとして、反射的に顔を上げると、真っ直ぐな眼差しがすぐ目の前にあった。

< 79 / 100 >

この作品をシェア

pagetop