黄昏色に、さようなら。

「う、……うん?」


「お前、記憶が少し、戻っているんだろう?」


静かな声だった。


怒っているでもなく、咎めるでもなく、


でも、


静かに落とされた声には、否を言わせないような厳しさがあった。


さっきまでの柔和さの欠片もない、真剣そのものの視線に捕らわれ、変な風に心臓が暴れだす。


「き……、記憶って、何の記憶よ?」


思わず、声が震えた。


『分かっているだろう? 三年前の事故の後、三か月間の記憶だ』


耳に聞こえる音声ではなく、頭の中に直接響いてくる声に、私はふるふると頭を振った。


『保健室で眠っている間に、見た夢。あれは現実にあったことなんだ』


知らない。


だって、あれは夢だもの。


私は、知らない。


怖い。


真実が知りたかったはずなのに、自分から純ちゃんに聞こうと思っていたのに。


いざとなったら、怖くて仕方がない。


『風花、頼む、落ち着いて聞いてくれ』


「知らないってばっ!」


耳を押さえても遮ることなどできないって、『分かっている』


それでも、私は両手で両耳をふさいで、ここから逃れようと立ち上がった。


勢いよく地面に落ちてバウンドしたペットボトルが、コロコロと足元を転がり、離れていく。


だめだ。


ここに居たら、だめ。


純ちゃんの強い眼差しを、全身に感じながら、


身を屈めて手さぐりでカバンを掴み、膨れ上がって溢れだしそうな不安を抑え込むように、ギュッと胸に抱え込んだ。


「ごめん、私、先に帰るねっ!」


そう言い捨てて数歩後ずさった次の瞬間、


「風花っ!」


純ちゃんが鋭く呼ぶ声が耳を叩いた正にその時。


思いもよらない強い力で体が前にグイッと引かれ、私はそのまま、純ちゃんの懐に抱え込まれてしまった。

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