それでも君が好き

駅まで手を繋いで歩いていく。恥ずかしい、そう思うが、何故だか手を離せないでいる二人。でも離したくないよ、そう言っているみたいで。力が入る。この手を?今?いつ?明日?明後日?一秒でも長く繋いでいたい、と思わずにはいられない。

満員電車の中でも密度を感じる。支える身体に隙間をあたえない。誰にも触れさせない。

「次の駅だね。」

「そうだな。」

「今日も幸せになってもらえるといいな。」

「だといいな。今日も頑張るよ。帰りは明日の朝だったよね?」

「うん、今日は当直だから。明日の朝。」

「頑張れよ。」

「うん。」

いつもの会話。なのに澪が切なく感じるのは、翔太郎の「勘」の所為かもしれない。周りの人間には、「勘が当たるなんて凄くない?」「未来が見えるんじゃないの?」「非科学的だよね。」なんて言われ様。正直、澪には気が悪い。ソレを聞くと澪は翔太郎の顔を見る。翔太郎自身は、ただの勘だよ、なんて優しく諭す。気にしてないよ、だから気にしないで、と。澪は翔太郎が自分には勿体無いほどの存在だな、そう感じていた。それは今でも思っていることで。

触れた指先を感じたまま、電車が降りる駅まですぐそこである。「お忘れ物にお気をつけ下さい。」という車掌さんのアナウンスが聞こえる。名残惜しい。

「降りなきゃね。」

「うん。あっ。」

「え?」

「忘れ物した。」

「わ、忘れ物?何忘れた…っ。」

翔太郎は澪の言葉を遮った。キスをする。

「忘れ物。」

やってやったという顔をする。でもソレはいつも通りで。翔太郎は意識していないみたいで、澪ばかりが意識している。公共の場で何をするの、いつもなら恥ずかしくても軽く、「恥ずかしいな、もう。」が言えるのに、うまくいかない。驚いている。

「じゃ、気をつけて。」

「しょ、翔太郎君も気をつけて。」

「はい、姫様。」

「…っ。翔太郎君。帰るまで待ってて。絶対だよ?」

「分かった。待ってる。」

澪は電車を降り、ホームに降り立つ。翔太郎が乗ってる電車を見送る。軽く手を振る。いつものソレではなくて。
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