それでも君が好き
笹川美咲、28歳。結婚していて、4歳の女の子が居る。幼馴染との結婚らしい。永遠の愛、というものであろうか。澪もいつかは、なんて思ったりするが、翔太郎のそばに居られれば、それでいい、そう思っている。『いつかは』も胸の中に秘めているのもまた事実。

「さ、始めようか。申し送りをします。」

慶次の声がけで、スイッチを切り替える。先程までの雰囲気がピリッとしたものに変わる。重要なことを全員に伝える時であるから、誰か一人でも重要事項を聞き漏らすと、命取りになる。それに、師長の慶次を怒らせると誰にも手に負えない。周りは澪だけが止められるという。

申し送りが終わる。

「患者さんのところに行ってきます。何かあったら、コールしてください。」

澪は患者が入院している病室を回る。外科医の澪であるが、他の科の病棟も回る。自分の専門外の分野だからと言って、「自分には出来ません。」なんて言いたくない澪である。専門分野について詳しいほうが最良だろう。医者である以上、専門分野以外のことも知っていきたい、そう思うのもまた事実で。

「あっ、野宮君。いったん、医局に戻ってから病室を回るんだけど、何か頼み事あるかな?」

「え~、そうですね、頼み事ありますよ。本日、入院される患者様のカルテのファイルが足りないので、ファイルを持ってきて貰えますか?」

「了解です。すぐに持ってくるね。」

「お願いします。あっ、それと。」

「何かな?」

慶次は言い忘れたことがある様な表情を見せて、澪に近づいていく。

「えっ、なになに?」

そして、顔を近づける。

「顔近いよ。」

耳元で甘く色気のあるトーンで囁く。

「今日も可愛いですよ?秋川先生。」

「ありがとう。翔太郎君が結ってくれたの。って、いつもだけどね。」

そういう意味じゃないんだけどな、と小さな声で呟く。ソレが澪に届くこともなく。

「彼氏さん美容師ですもんね。」

「上手なんだよ。シャンプーも気持ちいいよ?あの手の感触が忘れられないの。」
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