青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―







【S-4倉庫二階最奥】


鼻腔に不快な臭いが立ち込める。周囲が異様に灯油臭いからだ。


当然か。

灯油の入ったポリタンクがそこに放置されているのだから。


携帯を片手に五十嵐は赤いポリタンクを流し目。


中身は空っぽに近い。

代わりに周辺が灯油まみれ。


此処で煙草でも吸おうものならば、ボンッ! アーッチッチアチになりかねないだろう。

常々外道なことをしている自覚はあるが反省も後悔もない。


寧ろ楽しんでいますが何か? な気分である。


外道行為で少しでも奴等の驚愕に走る衝動を拝みたいのだ。反省や後悔をする理由など一抹も無いではないか。



さあてこのゲーム、勝利の女神はどっちに微笑んでくれるんだろうな。

向こうの策略に嵌ってしまったものの、まだまだこの勝負、自分達にとって優勢。


最後の最後まで勝負の行方は読めない。


細く笑い、クツリと声を漏らす五十嵐はツイッターで心境を書き込む。


『これから派手なショーが始まるなう』


という文を打ち込み、ツイートとしてアップしようとした次の瞬間、

「竜也」

待機させている仲間内から名前を呼ばれる。

どうやらこのツイートのアップでツイッターを中断しなければならないらしい。



もう少し書き込みをしたかったのだが仕方が無い。


携帯を閉じ、凭れ掛かっていた手摺から体を離した五十嵐は前方を見やる。


そこには必死こいて足を動かし、自分の下に駆ける二人の不良の姿。

揃ってムカつくツラを作っている両チームのリーダーだった。


にやっと五十嵐は奴等に冷笑を向け「ウェルカム」口笛を鳴らして大歓迎してやる。無論、向こうの表情は大嫌悪一色だった。






後のことは仲間に任せ、親玉の下にやって来たヨウとヤマトは足を止めてキャツと取り巻きを睨む。


まず親玉の下にやって来て思ったことは“灯油臭い”である。


S-4倉庫は古く機材等が置いてあるが、間違ったって燃料漏れが起きるような物は置いていない。


だだっ広い倉庫には機械部品の袋や鉄筋の束、ドラム缶といったものしか置かれない筈。

此処の倉庫自体、物を置くだけの場所になっているのだ。

古い機器が置かれることはあれど、新しい機器が置かれることはそう無い筈だ。


灯油臭い=燃料漏れではないだろう。


薄暗い倉庫の向こうに見える五十嵐と取り巻き(目算で三人程度だ)を見据え、

「五十嵐」

やっと此処まで到達できたとヨウはシニカルに笑う。


「覚悟はいいだろうな」


これまでの仲間への仕打ち、チームの仇を必ずこの手で取ってやる。唸り声を上げて相手を睨むヨウに五十嵐は一笑。


「帆奈美は何処だ!」


忌々しいとばかりに声音を張るヤマトの喝破にも奴は一笑するだけ。相手は余裕綽々のようだ。

舌を鳴らす二人だったが、

「ヤマト、ヨウ!」

丸び帯びた声質が鼓膜を振動し、大きく一変。

急いで声のした方を見やり、彼女の名前を呼ぶ。


「ヤマト! ヨウ! 私、此処!」


すると、先ほどよりも大きな声で呼び掛けが返ってきた。


「帆奈美!」


ヨウは彼女を見つけ、思わず名を口にする。

二人の目に飛び込んできたのは、向こう二階フロア四隅に座らされている帆奈美の姿。近くにはドラム缶が積んである。


どうやら彼女は隅に座らされて拘束されているだけのようだ。

裂いたタオルを手摺に通して彼女の手首を拘束している。


良かった、思ったよりも酷いことはされていないようだ。 


ホッと胸を撫で下ろすヨウとは対照的に険しい面持ちを作るヤマトは、ギッと五十嵐を睨み、


「何を目論んでやがる!」


今日一番の怒声を張った。

帆奈美のことで血が上っているのだろうか、

「おいヤマト」

少し落ち着けとヨウは声を掛ける。

しかしヤマトはまったくもって耳を貸そうとしない。

彼女の拘束を目の当たりにしたこと、周囲に漂う灯油の臭さから大きな懸念を抱き、五十嵐の好からぬ目論見に憎悪感を増させていた。

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