青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
気が動転していて当たり前なのだ。
自分を庇って大切な誰かが血を流す。誰だって気が動転するに決まっている。
彼女だって例外ではない。
自分だってきっと、彼女の立場に立たされたら気が動転も動転。
説明を一度で理解して動け、という方が無理なのだ。
だけど時間が無いのも確か。
「走るんだ」
ヨウは強く彼女の細い右肩を握り締め、気をしっかり持つよう口調を強くする。
このままではヤマトが危ない。
一旦此処にヤマトを置いて、自分は仲間の下に走るのだと指示。
大丈夫、ヤマトが無防備で失神している間、自分がしっかり守るから。
勿論、仲間の下に行く帆奈美のことも守ってやる。絶対に。
何故ならば今この瞬間だけでも、自分達は手を結んだ同志。仲間なのだから。
「不安なのは分かる。けどテメェがやらねぇと誰がやるんだ、この役目。帆奈美、行くんだ」
「ヨウ……」
「ムカつくほど今なら、テメェの不安が分かってやれる。分かってやれるんだ。
だから言うんだ。ヤマトのために走れって。
本当はそういうお前の姿を見るのも癪だけどな――馬鹿みてぇだよな。俺、お前のことがいっちゃん嫌いな女なのに。
もっと早くお前の気持ちを察してやれる気の利いた男になりたかったよ、安心しろ、テメェもヤマトも守ってやるさ」
一笑するヨウは呆ける彼女の肩を叩き、「行け!」直立して大喝破。背後から忍び寄っていた最後の取り巻きを相手取る。
下から上へアッパーを食らわせている間にも、帆奈美はヨウの喝破に弾かれ、行動を開始する。
ただし、すぐには走らず自分の力をフルに出してヤマトの体を壁際まで引き摺り、安全な場所まで移動させていた。
ヤマトの身の安全は当然のことながら、ヨウのためにも帆奈美は怪我人の体を移動させたのだ。
動かすことは危険だろうが、そこらに放っておくことは敵の不良に狙われてもっと危険だろう。
壁際ならば、守る範囲も少しで良い、彼女はそう判断したうおうだ。
さすがは喧嘩スキーのセフレ。喧嘩の心をよく得ている。
「すぐ戻る。ヨウ! 怪我しない、で! 絶対に!」
カタコトに、けれどしっかり自分の身を案じて駆け出す帆奈美。
彼女のその優しさにヨウは苦笑いしてしまう。
ああくそっ、悔しいじゃねえかよ。
今更になって彼女の気持ちが分かるなんて、不安に気付けるなんて、全力で守りたいと思う自分がいるなんて。
悔しくて悔しくて自分自身に喧嘩を売りたい気分だ。
あの頃、自分は自分のことで手一杯だった。
分裂事件が起きている頃、自分の主張だけで手一杯だった。
その間、仲間意識が強く心優しい彼女は不安で不安で堪らなかったに違いない。
今放った自分の「大丈夫」、きっとあの頃の帆奈美も言って欲しかったに違いない。
喪心しているヤマトはどういう気持ちで、彼女に「大丈夫」の定義と安息を与えていたのだろう?
「おっと。そっちには行かせねぇ。テメェの相手は俺、だ!」
駆け出した彼女を追おうとした取り巻きの足を引っ掛け、相手のバランスを崩させる。
そしてそのまま相手の胸倉を掴み、壁際とは反対の方向に体を投げ飛ばした。
地に体を叩きつけられ、敵の呻き声が聞こえたが気にする余裕などない。
少しでも怪我人から敵を遠ざけるためにヨウは身悶えている敵の体を蹴り、ゲームの主犯を睨んだ。