青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―



アイロニー帯びた台詞を吐き、ヤマトは静かに瞼を下ろす。気を失ってしまったようだ。


「ヤマト、駄目!」


こんなところで寝たら敵が。

少しだけ頑張って仲間の下に行こう。応急手当してもらおう。

そしたら寝て良いから。気を失って良いから。


情けなく声が震えた。


いつもだったら情けない声に反応し、皮肉を零すではないか。

なのに今、呼び掛けに無反応だなんて。


ぬっ、と視界が暗くなる。

恐る恐る顔を上げれば、先ほどヤマトに押されていた不良が目前に立っていた。

手には散らばった鉄筋の残骸。一本抜き取って此方に歩んできたらしい。


出血しているヤマトに鼻で笑い、ヤラれた分を返してやると相手は鉄筋を握り締めた。


その形相は明らかに憤っている。

帆奈美は怪我人の頭を抱き締め、敵に睨みを飛ばした。自分にできる些細な抵抗だった。


相手は目でそいつを渡せと訴えてくるが、負傷人を腕に閉じ込めて首を横に振る。


すると向こうは面倒だとばかりに鉄筋を振り翳した。

纏めてやってしまおう、と思い立ったのだろう。

腕の中の荒い息遣いを感じながら、帆奈美は閉じ込める力を強くした。


体を張って守ってくれようとした人に、自分も体を張って守らなければ、その念が強く自分を支配する。


キンッ、そんな甲高い金属音の悲鳴が上がったのは直後のこと。


自分と怪我人を守るように、前に出て振り下ろされた鉄筋を自分の持つ鉄筋で受け止めている背中に帆奈美は目を丸くした。



「畜生が!」



自分だけカッコつけるからこうなるんだと盛大な悪態を吐き、ヨウは相手の鉄筋を弾き、握っている鉄筋の先端で相手の鳩尾を突く。

ぐぇっ、蛙の潰れるような声音が辺りに散らばった。

怯んだ相手の隙を見逃さず、ヨウは腹部を横蹴りして不良を伸す。


更に自分の後を追い駆けて来た取り巻きの一人に鉄筋を投げ付け、相手が避けたそのコンマ単位の隙を突いて捨て身タックル。


敵と共に倒れたヨウだったが素早く身を起こし、相手の顔面に肘を落とす。顔を両手で押さえ、身悶えする不良に頭突きをしてトドメを刺した。


一丁あがりだと手を叩くヨウは急いで失神しているヤマトと、気が動転している帆奈美の下に駆ける。二人の前で膝を折るとまずは彼女と怪我の具合を確認。



「帆奈美、大丈夫か? ヤマトは……血の量が多いな。止血はブレザーじゃ無理だろ」



ブレザーでは止血に適していない。

もっと吸収力のあるもので止血を試みないと。


必死にブレザーを患部に当てている帆奈美の手を退け、ヨウは近辺に落ちていたタオルを畳んで患部に当てる。


帆奈美を拘束していた、あの忌まわしきタオルだ。

見る見る内に怪我人の血を吸い取っていくタオルの様子に、


「やべぇな」


傷は思った以上に深いかもしれないとヨウは舌を鳴らした。


「ヨウ……ヤマト、どうなってしまうの?」


震える声音で尋ねる帆奈美の肩に手を置き、大丈夫だとヨウは彼女を励ます。


「こいつは馬鹿でクソだが、こんなことでくたばる阿呆じゃねえ。俺が保証してやる。

いいか、帆奈美。
時間もねぇし向こうも待っちゃくれねぇから、一度しか言わねぇぞ、よく聞け。


この話が終わって十秒経ったら、二階フロア階段入り口までなりふり構わず走れ。

そこで助けを呼ぶんだ。
あそこにはワタルやアキラ達がいる筈だから、助けを呼んでこいつを運んでもらうよう頼め。


こいつを連れてお前は外に逃げろ。

此処にいても喧嘩の邪魔なだけだ。
別に役立たずと言うつもりはねぇ。テメェにはテメェの役目がある。

負傷したヤマトを病院に連れて行くんだ。病院に今すぐ連れて行けなくても、外で応急処置くれぇはできる筈。


外は外で喧嘩をどんちゃんしている。
だから正面入り口じゃなくて、こっそりと裏口から出ろ。そこだったら人目もねぇ筈だ。


ゲホッ、煙が立ち込めてきやがった。

とにもかくにも此処じゃ負傷したヤマトの体に害が及ぶ。

俺の言う意味は分かるな? 帆奈美。
テメェのやることはヤマトを救うために走ることだ。向こうは俺達に時間をくれねぇ。いいか、今から十秒だ」


「ま、待ってヨウ。私……ヤマトを置いて走れない。貴方だって、置いて行きたくない。言うこと……聞く義理も無い」


この期に及んでこの女は。


帆奈美にヨウは億劫と苛立ちを募らせるが、彼女の微動する体を目の当たりにし考えを一掃。


彼女は不安と混乱で一杯だろう。

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