青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「そうそうヤマト。俺、フラれたから。せーっかくテメェが負傷している隙に、セフレを取り戻そうとしたのに。あーあーあー、いっぱい食わされたぜ」
「は?」何のことだと険しい顔を作るヤマトに、
「セフレのままなら、また狙っちまうかもしれねぇぜ」
ニヤッと悪どい顔を作ってヨウは扉を開ける。
そこには丁度、ペットボトルを土産に病室に入ろうとしていた元セフレが立っていた。
「ヨウ」
軽く驚いている彼女の肩を叩き病室を出て行く。
そしてそのまま立ち去ろうと思ったのだが、思い止まり、病室の扉に背を預けた。
気付かれぬよう扉を少しだけ開け、中を覗き見。
隙間の向こうでは自分の座っていた場所に帆奈美が腰掛け、怪我人に飲み物を手渡しているところだった。
「ヤマト、気分はどう? あ、これ、ヨウが? 中身は?」
「さあな。まだ見てねぇ。気分は最悪だ」
いっちゃん好かん男に見舞われたのだから、と非常に失礼なことを口にするヤマト。
危うく、「ンだと?!」病室の扉を開けて乗り込みたくなったが、グッと堪える。
苦笑いを漏らす帆奈美は素直じゃないと彼に綻び、中身を確かめてあげるとビニール袋を手にした。
一連の動きを見ていたヤマトだが、不意に彼は彼女に尋ねる。
「フッたのか?」と。
帆奈美は動きを止め、たっぷり間を置いて首を横に振った。
正しくはちゃんと別れ話をしてきたのだと返事する。
「一方的に私、相手を責めて終わったから。今度こそ区切りつけたくて……ヤマトとも、ちゃんと区切りつけたい。ヤマトのセフレ、やめて良い?」
彼女は前触れもなしに彼に申し立てた。セフレをやめて良いか、と。
ヤマトにだって何か思うことがあるだろう。
けれど、
「好きにすりゃいいさ」
彼はぞんざいに言い放った。
強がりと言えばそれまでかもしれない。
彼はいつかこうなる日を覚悟していたことかもしれない。
帆奈美は彼の台詞を聞いた後、また間を置いて、
「その代わりにヤマトの居場所になりたい」
と彼に告げる。
これにはヤマトも予想だにしていなかったのか、ペットボトルの蓋を開けようとしていた手が止まった。
大層間の抜けた顔で彼女を凝視している。
してやったり顔で帆奈美はヤマトに言うのだ。
「ヤマト、私の居場所……いつも作ってくれようとした。今度は私が作ってあげたい」
扉の向こうで盗み聞きしていたヨウは、数十分前の彼女とのやり取りを思い出す。
ヤマトの病室に来る前、ヨウは個別に帆奈美と会っていた。
駅前のベンチに彼女を呼び出して。
すべてに終止符を打つために。
会えば嫌いだと念頭のどこかで感情が過ぎるものの、やっぱり本気で嫌いにはなれないのだとヨウは彼女と対面して痛感する。
それはきっと彼女も同じなのだろう。全面的に表情が出ていた。
最初こそ会話なくベンチに座って時間を過ごしていたヨウだったが、自分から話を切り出し、まずは詫びを口にした。いつぞか彼女に向けた暴言のことを。
「テメェに誰とでも寝ちまう女っつった。あー……なんだ、あれだあれ。謝る。ンなわけねぇのにな、悪い」
ぶっきら棒な物の言い方になったが、性分だ。ご愛嬌として受け止めて欲しい。
自分の詫びに帆奈美はかぶりを振る。
「謝ること無い。本当のこと」
諦めたように言葉を返した。
割り切っている、という表現の方が適しているかもしれない。